|
Links
カテゴリ
以前の記事
2012年 01月
2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 ファン
|
2012年 01月 29日
東方日報 2012年1月16日 記事
-------------------------------------------------------------- あるいは蔡楓華(ケン・チョイ)を地獄につき落とし、不運をもたらしたのは、「一瞬の輝きは永遠に続かない」というあのひと言かもしれない。あれ以来、彼には悪運がつきまとい、落ちぶれ感が漂った。もしかしたら、蔡楓華が「停車」の標識を掲げることになった原因は、弁解困難かもしれない。しかし蔡楓華はレスリーに義理を欠いたとは考えておらず、依然「レスリーに詫びる必要はない」と言う。彼がどん底を行ったり来たりしながら、それでも勇気を持って戻ってきたのはなぜか?もしかすると、全てはレスリー・チャンの為かもしれない。 蔡楓華曰く―― なぜ「一瞬の輝きは永遠に続かない」という言葉で、私、蔡楓華が地獄のどん底に落ちるのだ?もう一度はっきりさせよう。私を追い詰めたのはこの言葉ではないし、この十数年間に起こった不快なことともまったく無関係だ。実際のところ、私とレスリーの間には何もなかった。もし今回の香港コロシアムのコンサートに、レスリーが来てくれたら、変わらず歓迎する。また彼のファンに「あれは何でもなかった」と説明したい。 私もレスリーも、100%誤解だと分かっていた。 まったく誤解のまま終わった ああ言った理由だが、あの年、私は《愛不是遊戲》という曲が、《勁歌金曲奨》にノミネートされていた。元々受賞できるはずだったのが、何故か私には賞はなかった。そしてレスリーが香港コロシアムでこの歌を歌った。そこで誤解が生まれた。思わずあの話をしてしまった。実はあの時、レスリーが歌うのは見たが、歌う前に何を話したかは知らなかった。映像を見返したら、「良い歌だから歌う」と言ってくれていた。 もちろん、あの場で相応しい発言ではなかった。あの時、盧敏儀(マニー・ロー)が遮ったこともあり、上手く取り繕えなかった。「一瞬の輝きは永遠のものではない、しかしレスリーの輝きは永遠に続く」と言い直したかった。こう言いたかった。私とレスリーとは本当に何もなかったのだから。歴史が証明 している。1986年には共に賞を貰ったし、よく話もしたし、二人の関係はまったく問題なかった。結局のところ、あの頃二人のファンが対立していて、レスリーのファンが私に怒り、事が大きくなっていった。 あれは1985年のこと。しかし言っておきたいのは、私は誰にも謝る必要はないし、後悔もしていない事だ。間違っていないのに、どうして詫びなければならない?私はまったく後悔していない。なぜ後悔する?あれは私のミスではなく、単純に誤解だったのだ。マニー・ローに言葉を遮られ、やりようがなかった。ファンの対立も、またどうしようもなかった。もしレスリーのファンに伝える方法があるなら、本当に釈明したい。 四大天王の台頭 私を真に事業の失敗に追い込んだのは失恋。それにIFPIの訴訟で、出番がなくなった。そこで韓国に進出して3年。 戻って来ると四大天王の世の中になっていた。自分を不運とは思わない。全ては人のする事であるし、多くを語る必要はない。どのみち正義は人の心にあるもので、この世界には、やはり道理があると感じている。幸いにして蔡楓華は同情ではなく支持を得られ、正々堂々としていられる。そしてレスリー・チャンのためにも、彼のファンクラブに受け入れて貰えたらと思う。だからまず、歌うことにした。 -------------------------------------------------------------- 2012年 01月 10日
蘋果日報 2012年 1月1日 記事 レスリーの部分のみ抄訳
--------------------------------------------------- 私は5分遅刻してしまった。金聖華はすでにマンダリン・オリエンタル・ホテル2階のクリッパー・ラウンジの長い廊下側に座っていた。レスリーが去ってから、感傷的になるのが嫌で、いつも彼とおしゃべりをしたこの廊下を避けていた。 レスリーと最後に会ったことを思い出す 聖華は私が結婚してから知り合った友人だ。SARSや双方の両親が相次ぎ亡くなるという哀しみを共に経験し、互いに助け合いながら人生の困難を乗り越えてきた。私たちは年齢に関わらない親しい関係だが、知っている事はとてもかけ離れている。彼女は若い頃にフランスに留学して博士号を取得し、翻訳学会の会長を務めたことがあり、中文大学で長年教鞭を執っている。しかし思いがけず、何でも話せる良い友人となった。彼女は私が座るのを待って、上品に優雅に近況を話し始めた。私は精神を集中しようとしたが、脳裏に浮かんだのは、レスリーがここで私に言った事だった。「ブリジット、もう映画に出ないで。それからマージャンもやりすぎないで・・・」。すぐさま思いはアモイ・ガーデンでのSARS感染拡大の前夜へ飛んだ。そのとき、私たちはそれぞれ友人と旧リージェント・ホテルでアフタヌーン・ティーをしていた。私は彼と同じテーブルにいたフローレンスをマージャンに誘いたかったが、彼女は時間がなく、私はがっかりして立ち去ろうとした。「ブリジット!」後ろから私を引き止めた軽快な声はレスリーだった。彼は言った。「ぼくが一緒にやるよ」。私は驚いて唖然とした。彼が?――それは、彼との最後のマージャンとなった。彼はとても強い手を「振り込み」、55番も出し、その後また続けていくつか振り込んだ。私たちが打ったのは平凡な手で、勝ち負けは大きくはなかった。しかし彼は負けず嫌いなので、後でとても申し訳なく思った。 私の脳裏には2つの軌道が走り、一本は過去を思い出し、もう一本は機械的に聖華の質問に答えていた。幸い彼女は気づいていなかったが。やっとの事で二本の軌道は一本になり、執筆状況について聞かれるのに集中できた。 文/林青霞 --------------------------------------------------- 2011年 12月 13日
文匯報 2011年12月9日 記事 抄訳
---------------------------------------------------------- ユニバーサルはスーパースター・レスリー・チャンを記念し、所属歌手がレスリーの曲をカバーしたアルバム《浮想聯翩張國榮》をリリースする。また来年3月1日に、灣仔コンベンション・センターにて《Re-imagine Lesile Cheung》コンサート開催を計画中である。当日は妊娠8ヶ月の陳慧琳(ケリー・チャン)も出演を予定している。その他に、陳奕迅(イーソン・チャン)、林子祥(ジョー ジ・ラム)、李克勤(ハッケン・リー)、莫文蔚(カレン・モク)、孫耀威(エリック・ソン)、および昨日の記者会見に出席した謝安琪(ケイ・ツェ)、張敬軒(ヒンズ・チャン)、劉美君(プルーデンス・ラウ)、 呉雨霏(ケイリー・ン)、Mr.らが出演予定とのことだ。 提供のMANHATTAN MasterCardのページ ---------------------------------------------------------- 2011年 12月 01日
香港電影旋風
今年、東京と大阪で上映された「香港電影天堂スペシャル」の作品18本と新作1本が、 鹿児島で上映されます。レスリーの映画は5本。 1月7日(土)、8日(日)、9日(月・祝日)はレスリー特集です。 スケジュールが映画館のサイトで発表になりました。→こちら 場 所 : ガーデンズシネマ 〒892-0826 鹿児島県鹿児島市呉服町6-5 マルヤガーデンズ7F (TEL/FAX)099-222-8746 日 時 : 2011年12月26日(月)~2012年1月13日(金) ------------------------------------------------------------------ 2011年 11月 15日
文匯報 2011年11月10日 記事 レスリーの部分のみ抄訳
------------------------------------------------------ 「香港アジア映画祭2011」では一昨夕、セントラルのIFCでクロージング・セレモニー行われ、 新作《保衛戰隊之出動喇!朋友!》がクロージング作品に選ばれた。今回の香港アジア映画祭アンバサダーである麥浚龍(ジュノ・マック)と、同作品に出演している鄧麗欣(ステフィー・タン)、夏文汐(パット・ハー)、王羽(ジミー・ウォング)、林家棟(ラム・カートン)、曹格(ゲイリー・ツァオ) および温超らが出席した。 近年、映画に力を入れているジュノは、昨年は出演した映画《復仇者之死》が香港アジア映画祭のオープニング作品の一つだった。今年はまた《保衛戰隊之出動喇!朋友!》がクロージング作品となり、光栄に思うと話した。すでに作品の完成版を見たが、満足のいくものだという。また作品はレスリー・チャンに敬意を表すもので、主題歌はレスリー・チャンが歌う《宇宙大帝》である。 2011年 11月 08日
※葉大鷹(イエ・イン)監督へのインタビュー番組から、レスリーに言及した部分を紹介します。
鳳凰網娯楽 2011年10月18日 ------------------------------------------------------ 何東 : では潜在能力は発揮されたのですね。 イエ・イン : 彼はあの手紙を読んでいたのではありません。秋秋(チウチウ)が残した手紙です。その言葉は忘れてしまいましたが、レスリーは読み終わると、「監督、どう演じたらいい?」と尋ねました。香港の俳優は、中国のように話をして、革命について考え、また半日話してなんてことはしません。とてもダイレクトです。彼は私がどのように演じさせたいのかと問いました。理解するかしないかは別の話だと。私たちのやり方と違っているんです。私は言いました。「この人(ジン)が手紙を読んだとき、目に涙を浮かべる。しかし目の縁で止める。半分まで読んだ時、こう涙がにじんでくる。しかし後半を読むときは、涙はもう収まっている」と。彼は「なぜ涙が収まらなくてはならないのか?」と聞きました。私は「なぜなら、彼は自分が涙を流すことを許さないから。これは彼の自分自身に対する行為。誰も見ていないが、彼という人はこのように、“男児の意気も、女の情には萎える”ことを理解し、収めるしかない。感涙を流したいができない。それが革命者だから」 「もし涙を流せば、彼は革命者ではない。これは理解の問題だ」「OK、分かった」と彼は言い、撮影となりました。撮影現場は静まり返り、ワンテイク撮影。すると彼は「見せてもらえる?」と言いました。そこで見せると、もう一度やりたいと言うので了解しました。このとき、確かに私が言ったように涙が出ていたのです。頑固なまでに、大したテクニックです。私が読んだ通りに、どこまで読んだら涙がここまで出てくる、どこまで読んだら収まると、恐ろしいほどでした。うそを誇張して言うのではありません。本当にこのようだったのです。彼は「もっとうまくできる」と言い、それならもう一度と答えました。張黎もすぐれたカメラマンで、うまく捉えてくれました。レスリーは本当にその心、その重苦しさで以って、指先はわずかに震えていました。見えないかも知れませんが、震えていたのです。本当に頑なでした。 レスリーが護送車から下ろされ、銃殺に処せられるシーンでは、足かせをはめられていました。あの時、上海はもう冬でしたし、大きな足かせは本物でした。ですから全景を撮る時にははめていても、クロース・アップになったら外して、他の時もはめなくてもいいと言いました。すると彼は「それはだめだ。はめていなくては」と言いました。これは表面的なことですが、私は思いました。彼は痛みに耐えている。これは他の多くの俳優もやっていることで、彼も同じようにし、もちろんとてもすばらしかった。しかし私は、先ほど言ったシーンの演技の方が、このシーンより頑固だったと思いました。彼は本当に、彼があなたの心と共にいることを感じさせてくれます。彼の演技は、自分が演出しても、自分が想像していたよりもっとすばらしいのです。始終、このシーンはああ!こう演じたのかと驚かされました。私が思ったのとは、彼はまた違ったように演じているのです。 何東 : 私は《追憶の上海》は、監督もレスリー・チャン自身も気付いておらず、彼の逝去後に初めて気付いたことがあると思います。あなたのこの作品は、彼の“死”に対する態度を映し出していたのです。最後のシーンをご記憶でしょう。瞿秋白は銃殺されたのですが、鎖を高く差上げ、天を見上げました。(訳註:瞿秋白は中国共産党初期の指導者。国民党軍に逮捕され、銃殺された) 私はブログに書いたのですが、彼は微笑んだ。こういう人たちは自分に気付いていたのでしょう。 イエ・イン : 何東さんがそのことをおっしゃいましたが、私もずっと《追憶の上海》が深いところでレスリーの以後の死と関連しているように感じていました。なんとも恐ろしいことですが。彼は妻のことを語ります。妻が飛び降りるところを見て、空中にいる時間が長いと感じる。ですから初めてレスリーがあのような方法で、人生に幕を下ろしたと聞いた時、私は動揺しました。あぁ!彼は長く空中にいたに違いない。あんな鷹がいるはずがありません。あれは芸術化しているのですから。 何東 : ではあの鎖は。 イエ・イン : ええ、レスリーは自分の命をかけて、そのもっとも輝くところを示しました。その死も含めて。きっとそうなんです。ですから私たちも、そのようにわれらの友達を思うしかありません。われわれの兄さんが、このように人生と向き合ったと。彼は本当にそこまで到達した恐るべき人です。私は今でも、彼は非凡な人、尊敬すべき人だと思います。 ( 完 ) 2011年 11月 04日
※葉大鷹(イエ・イン)監督へのインタビュー番組から、レスリーに言及した部分を紹介します。
鳳凰網娯楽 2011年10月18日 ----------------------------------------------------------- 司会・何東 : 私がレスリー・チャンに対するように、あれほど一人の俳優を好きになることはほとんどありません。あなたは監督として、レスリーと映画を撮影されました。監督から見て、彼はどんな俳優でしたか?また親しくなった彼は、どんな人でしたか? 葉大鷹(イエ・イン)監督 : 《追憶の上海(紅色恋人)》のあの役は彼を想定して書いたのではありません。当時は別の俳優を考えていました。しかし心の中では、香港か台湾の俳優を使おうと思っていました。なぜなら、今は中国にも良い俳優がたくさんおり、経験も積んでいますが、工兵役が合うような人が多いのです。だから他で探そうと思っていました。初めに訪ねた香港で、私の友達が、俳優のマネージメントをやっている人ですが、シナリオを読んで「レスリー・チャンはどう?」と推薦してくれたのです。私のイメージでは、レスリーはスター歌手であり、《ルージュ》などに出ている人でした。好感は持っているけれども、どちらかというと、ややマニアックな、女性的な印象が強いこともあり、あまり受け入れられませんでした。しかし友人は、一度レスリーと食事をしてみたらと言い、私は了承しました。 日時の約束を取り付け、私たちは食事をしました。一目見て、思慮深い人だと思いました。レスリーはシナリオを読んでいた筈ですが、「まだ読んでいない」と言いました。教養を感じさせ、品があり、分をわきまえていました。面子を重んじ、自尊心の高い人でした。「普通話がお上手ですね。練習されたのですか?」と聞くと、「いいえ」と言いましたが、彼の家のメイドによると、毎日懸命に音読していたそうです。彼はこういう人なのです。ですから、この日現れた時、少しひげを伸ばしていました。この食事会のために、《追憶の上海》の役がやりたいと、すでに準備を始めたのだと思いました。一目で私の心はグラッときて、話を始めたのです。彼は「革命ということが結局よく理解できない」と言いました。そこで私は、映画を何本か紹介しました。趙丹の《在烈火中永生》やそれに類する作品です。 私は彼に言いました。以前にも、インテリ階級のいわゆる理想主義者である革命の指導者のストーリーを描いた。しかし結局、描いているのは“人”についての物語だと。彼の瞳はずっと私から離れませんでした。俳優の中には、話してみると、その人の“脳みそ”がそこにあると分かる人がいます。その目があなたを見ている事もわかり、後頭部にある考えまでも分かってしまうような。レスリーは違いました。彼はその瞳をあなたの心に留め置いて、あなたと共にいて、あなたはそれが感じられるのです。食事が終わると、私は確信していました。彼は出来る。絶対に出来る。すごい潜在能力がある。しかしうまく演じられるか、それは分かりません。誰がわかりますか?そうでしょう?しかし香港の俳優がこれほど優れた、過去の一種の能力、つまり現場力を持っているからには、私はこの点を信じました。さらに彼の仕事に対する評判はとても高かったのです。また撮撮中、私を一再ならず、現場で驚かせてくれるのは彼のような俳優なのです。 (つづく) 2011年 10月 18日
太陽報 2011年10月9日 記事
----------------------------------------------------------- 日本のテレビドラマの女王・常盤貴子は、かつて大スター、レスリー・チャンと映画で共演した縁があり、彼が去って8年が過ぎても、まだ忘れていない。先だっての重陽節に、ひそかに香港を訪れ、墓に参って霊前に線香を手向けた。 いつの間にか、レスリーが去って8年になる。しかしまだ鬱々と傷ついた想いの人は多いのだ!レスリーは知己も多かったが、彼が遠くに行っても、友人たちは変わらず彼を想っている。常盤貴子は1999年に来港し、映画《星月童話》でレスリーと共演した。そして互いの才能を認め合い、以来、友人となった。レスリーの突然の逝去を惜しみ、彼女は「すべての仕事をキャンセルして香港へ行き、お別れしたかった。しかしそうも行かず、ずっと心残りだった」と、自身のホームページに書いている。 飛行機を降り、墓前に駆けつける 年月を隔てようと、常盤貴子は今なおレスリーが忘れられない。時間さえあれば香港へ飛んで行き、友の霊前に線香を供えたいと願っていた。先日ちょうど香港でコマーシャル撮影をすることになり、重陽節に墓参りができた。今月5日に香港に到着したそうである。墓を訪ねるファンが多いのも知っていたがかまわず、旅に疲れていようが、飛行機を降りると沙田の寶福山に駆けつけ、亡き友の霊前に参った。幸い彼女が着いた時にはファンはおらず、 騒ぎを引き起こすことはなかった。彼女は日本人だが、中国の伝統的なやり方で線香を供えて礼拝した。今回、初めて香港で参ったそうだ。《星月童話》の撮影時、レスリーが何くれとなく面倒をみていたことを思い出すと、時の流れがしみじみと感じられる。 同様記事 : 東方日報 常盤貴子さんのオフィシャルサイト What's New内10月7日付のメッセージに、お参りしたことが書かれています 2011年 10月 10日
成報 2011年9月27日 記事 レスリー関連部分のみ抄訳
-------------------------------------------------------------- 中博傳媒が億元に上る出資をして製作する《危險關係》の製作発表記者会見が、昨日北京で行われた。プロデューサーの陳偉明、監督のホ・ジノ、そして5人の主演俳優、張栢芝(セシリア・チャン)、張東健(チャン・ドンゴン)、章子怡(チャン・ツィイー)、盧燕(リサ・ルー)、竇驍(ショーン・ドウ)が揃って登場した。チャン・ツィイーとセシリア・チャンは作品中、「愛の名のもと」チャン・ドンゴンを奪い合うという。プロデューサーはまた、この作品でカンヌ映画祭に3度目の挑戦をしたいと言った。 チャン・ドンゴン 「レスリー・チャンに認められたい」 6年前にセシリアと共演したチャン・ドンゴンは、セシリアが変わったと思うかと聞かれ、「さらにスマートになって、より綺麗になりましたね。まなざしが多くを語るようになったと感じます。6年前はまだ少し子どもっぽかったけれど、大人になりましたね」と答えた。自分の役が、10年前にレスリー・チャンが演じる予定だった事については、「その事は今日初めて知りました。大きなプレッシャーですが、責任の重さも痛感しています。もしレスリーさんがどこかで見てくれているとしたら、認められたいですね。全身全霊で演じていると分かって貰いたいです」と率直に語った。 2011年 10月 03日
蘋果日報 2011年9月16日 記事
-------------------------------------------------------------- フランスの名著をリメイクし、哥哥の願いを果たす セシリア・チャンはチャン・ツィイーを陥れ、 チャン・ドンゴンを奪う 先日の中秋節はちょうどレスリー・チャン(哥哥)の55歳の誕生日だった。世界各地のファンが来港し彼を偲んだが、《八月のクリスマス》を監督した韓国の有名監督ホ・ジノも、かつてレスリーと撮影の話をしていたとは思いもよらなかっただろう。2001年以前、ホ・ジノはフランスの有名な小説《危険な関係》を同名の映画に撮ろうと考えていた。主演男優はレスリーの予定だったが、残念ながら撮影の準備が整った時に彼は去ってしまった。それから10年を経て、作品は再スタートを切り、ホ・ジノ監督はレスリーのためにも完成させたいと考えている。そして主演男優は張東健(チャン・ドンゴン)となり、張栢芝(セシリア・チャン)と章子怡(チャン・ツィイー)が共演する。 ホ・ジノ監督は今月(9月)末、上海で中国版《危険な関係》の撮影を開始する。彼のリメイク前にも、このフランスの名著は何度も映画化、TVドラマ化されてきた。その中で、1988年にスティーヴン・フリアーズが監督し、グレン・クローズ、ジョン・マルコヴィッチ、ミシェル・ファイファー、キアヌ・リーヴスおよびユマ・サーマンが出演した《危険な関係》と、2003年の韓国映画《スキャンダル》が比較的知られている。 ホ・ジノは2001年にはすでに当作品の製作にかかっていた。当時自ら香港を訪れ、レスリーとマギー・チャンに出演を依頼し、二人は口頭で出演を承諾したという。なんとも惜しいことに、2003年クランクインにこぎつけようという時に悲報が届いた。レスリーが去り、作品は撮影されないままになっていた。今年初めに、中国の中博とシンガポールの家楽公司が合同で、人民元で数億の資金援助を申し出て、ホ・ジノ監督に当作品の撮影を依頼した。現在のところ、主演男優はチャン・ドンゴンで、セシリア・チャンとチャン・ツィイーの出演が予定されている。 舞台を上海に移した三角関係 リメイクの中国版では、物語の背景は18世紀のフランスから、戦争の影が忍び寄る1930年代の上海へ移り、脚本は中国の有名脚本家・嚴歌苓が担当する。 ストーリーは、セシリア・チャン演じるスター女優・莫婕妤と、チャン・ドンゴン演じる御曹司・謝易梵が戦渦の中で再会する。しかしその後、謝は陥落した上海で杜芬玉(チャン・ツィイー)に出会う。莫婕妤は嫉妬し、二人を陥れる計画を立て、チャン・ドンゴンを奪い去る。そして抗日運動の勃発とともに、愛も恨みも全てが戦火に焼け落ちる。 元々のキャスティングはレスリー・チャンとマギー・チャンの共演 先日、監督ホ・ジノとプロデューサーのクァク・ジェヨン、出資会社・中博の代表・陳偉明は、揃って上海での記者会見に出席した。監督は10年前にレスリーに出演依頼したことを明かした。当時のタイトルは《過了天堂是上海》としていたが、 レスリーの逝去により、“天国の遺願”となってしまった、と。陳偉明は「レスリーはとても知的で気品があった。この作品にも心血を注いでいた。実に残念だが、彼は出られない。今回の撮影はレスリーの願いを果たすためでもある」と言った。 当時レスリーのマネージャーであった禤嘉珍(キャサリン・ハン)は昨日、確かに2001年にホ・ジノから彼女に連絡があり、レスリーに出演を依頼していたとを認めた。そして「この作品はレスリーとマギー・チャンの共演の予定でした。2003年のクランクイン予定でしたが、不幸にしてレスリーの事があり、その後立ち消えになってしまいました。10年後に再び取り上げられるとは思いもよりませんでした」と語った。 セシリア・チャンのマネージャー余毓興は昨日、「現在、話を詰めているところです。ホ・ジノはセシリアが合作したいと思っている監督ですし、それに哥哥が出る予定だった作品です。セシリアは哥哥とは親しかったですし、出演を願っています」と答えた。ホ・ジノ監督はセシリアが出演した《白蘭(パイラン)》を見て、才能を感じていたという。
|